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ザイリンクスの歴史

ザイリンクスの始まり

1984年、シリコンバレーで働く2人のエンジニア、バーニー・ボンダーシュミット (Bernie Vonderschmitt) 氏とロス・フリーマン (Ross Freeman) 氏そして1人のマーケティングの専門家ジム・バーネット (Jim Barnett) 氏 には、今までにはなかったタイプの会社を起業するという夢がありました。

全く新しい分野で最先端技術を開発する会社を設立するという夢と同時に、仕事を愛し、仲間達と共に作業することを楽しみながら仕事に夢中になれる会社を目指しました。

当時ザイリンクスが推進する技術はかなり型破りなものでした。創設者の一人であるロス・フリーマン氏によって開発された新しい形の半導体は、現在では FPGA (フィールド プログラマブル ゲート アレイ) として定着していますが、プログラマブル ロジックの概念をまったく覆すものでした。

これらのチップは、ユーザーがソフトウェアを使用してプログラムすることで、多様なファンクションを実行できます。1987年にザイリンクスの 8人目の社員として入社したビル・カーター (Bill Carter) 氏は、「トランジスタが極めて高価だった時代に多数のトランジスタを必要とするこのアイデアは現実的ではないと評価されていた」と回顧しています。

しかしながらロス・フリーマン氏は、ムーアの法則 (トランジスタの集積密度は2年ごとに倍増する) を信じ、トランジスタの価格は年々低下していずれ安価で入手できるようになることを予測していました。案の定、数年後にはフィールド プログラマブル ゲート アレイの数十億ドル市場が開化し、最新技術を誇るザイリンクスの基盤が確立しました。残念ながらロス・フリーマン氏は1989年に逝去されましたが、彼の技術はその後広く繁栄し、常に拡大し続ける業界の中で、ますます多くのユーザー要求を満たすものとなりました。

効果的なパートナーシップ

エンジニアだが、MBA 取得者でもあるバーニー・ボンダーシュミット氏は、起業間もないザイリンクスに強力なビジネスモデルを打ち出しました。彼は RCA 社でSolid State Division のジェネラル マネージャーとして働いていた頃、3つの半導体製造工場を自社で確保しており、半導体工場の建設は費用がかかる上にリスクが高いことを確信していました。そこで彼は、「自分で半導体会社を始めるのなら、ファブレス (工場を持たない会社)にし、我々の製品を製造してくれるパートナーを探す」 と明言しました。

これがまさに1984年に最初にザイリンクスが実行した戦略であり、それ以来、彼の理論は業界の注目を集め、今日では世界中で約700社の半導体会社が自社工場を持たないファブレス会社となりました。

意識の高い従業員

3人の創立者は、テクノロジ革新のみならず、会社のマネージメント方法にも大きな改革をもたらすことを望んでいました。ロス・フリーマン氏は、強い倫理意識、社員の忠誠心、有益な良製品の製造、社員のオーナー意識向上、そして楽しんで仕事ができる環境を提供することを誓い会社をスタートさせました。

共同創設者たちは、この価値観と目標を彼らの「哲学」として掲げ、この環境を求める仲間を募りました。発明能力の優れた人にこのような環境を提供することは、会社における新技術開発や専門知識の向上に繋がる、という彼らの理論は実証されました。

このような社員待遇や相乗効果に対する基本概念が現在のザイリンクスの基盤を築き、理想的な職場環境を提供する、プログラマブル ロジックのリーダー企業に成長しました。

3人の創設者によって世界に送り出された技術は、かつてない発展を遂げ、ムーアの法則によるコスト問題の解消が一助となり、現在では広範囲に普及する重要なテクノロジとなりました。

1984年に彼らが抱いていた夢は実現しました。プログラマブル ロジックのリーダーとして会社を前進させ、拡大し続けるユーザーのニーズに応えるために、ザイリンクスの社員は彼らの夢を大切に継承しています。

ザイリンクスの歴史年表

1984

ロス・フリーマン氏、バーニー・ボンダーシュミット氏およびジム・バーネット氏がザイリンクスを設立。
会社のビジネスおよびマネージメントの目的、経営方針などが具体化され、新しい会社が誕生する。フィールド プログラマブル ゲート アレイという新製品のコンセプトが決定。

1985

最初の製品 XC2064™ を発表
プログラマブル ロジックという既成の概念を覆す最初の FPGA が誕生。

1987

英国のウェーブリッジにセールス オフィスを設置
欧州市場をターゲットとして、北米外に最初に設置されたセールス オフィス。

1988

最初の国外オフィスを東京に設置
ザイリンクス株式会社の誕生。当初の主要業務は、最初のウェハ サプライヤ/パートナーであるセイコーエプソンを担当すること。

1989

ザイリンクス創設者の一人、ロス フリーマン氏逝去
彼の夢であるチームワークとテクノロジは継承されている。

1990

株式上場基準をクリアし、1株$10で株式上場
株式分割のため1株$0.83となる。これは会社の展望を実現する際に大切なステップと考えられる。

1991

FPGA の XC4000™ ファミリを発表
広範囲に採用された最初の FPGA であり、90年代のザイリンクス売り上げ主力製品となる。

1993

エディンバラにザイリンクス スコットランドを設立
このチームが注力する IP ソリューション コアおよびソフトウェア開発が競合上の優位性を創出する。

1995

ダブリンにザイリンクス アイルランドを設立
北米外の製造およびエンジニアリング部門として、欧州では最初の拠点となる。

ボルダーにザイリンクス コロラドを設置
ボルダーのエンジニアは、ザイリンクスのソフトウェア開発に多大な貢献をしている。シリコンバレー以外に設置された最初の北米オフィスであり、その後、コロラド オフィスはロングモントに移転。

1996

ウイム ロレンツ (Wim Roelandts) 氏が社長兼CEOに就任
就任前は米ヒューレット パッカード社にて30年間務める。

1997

会社のスローガンとして 「CREATIVE」を作成
このザイリンクス バリューの作成プロセスには全社員が参加。C=Customer focus、R=Respect、E=Excellence、A=Accountability、T=Teamwork、I=Integrity、V=Very open communications、E=Enjoying our work これらの頭文字をとって 「CREATIVE」 とする。

1998

Virtex®™ FPGA ファミリを発表
FPGA アーキテクチャの大きなステップとなり、ザイリンクスにとって新たな市場が開拓された。Virtex ファミリは、現在でもザイリンクスの主力製品となる。

1999

Philips 社のCoolRunner™ チームおよび技術を買収し、ザイリンクス アルバカーキ オフィスが始動
これにより、低電力で低コストな CPLD という新たな製品ラインがカスタマへ提供可能となる。

2000

ザイリンクスの売上高 10億ドルを超える
株式上場からわずか10年で10億ドルの大台に到達。素晴らしいリーダーシップを発揮してくれたウィム・ロレンツ CEO へ従業員から感謝の意を表した 「Thanks a Billion for Your Leadership」 という言葉を広告記事一面に掲載する。

2002

CoolRunner-II ファミリを発表
ザイリンクスは、超低電力で低コストな CPLD でポータブル コンシューマ マーケットに焦点を当てる。

2003

ダブリン オフィスをザイリンクスの欧州本部として正式発表

2003

Spartan®™-3 ファミリを発表
世界初の90nm FPGA は、最も低コストなFPGA でもある。Spartan-3 テクノロジにより、競合他社に比べて圧倒的に優位な位置を示し、最も優れた半導体メーカーとして地位を確立する。

2003

ウィム・ロレンツ氏が代表取締役会長に就任
バーニー・ボンダーシュミット氏が退職。彼はザイリンクス創設者の最後の一人として数々の偉業を残した。

2004

ザイリンクス創立20周年を迎える
ザイリンクスは、従業員、カスタマ、株主、パートナー、地域社会に感謝の意を示し、20周年のパーティを開催。

2006

業界初の65nm FPGA Virtex-5 ファミリを発表  - 業界最高性能プラットフォーム FPGA

2007

アジア太平洋統括本部が環境への影響と性能を評価するグリーン・マーク・プラチナ アワードを受賞

2008

モーシェ・ガブリエロフ氏が社長兼 CEO に就任

2009

2 種類の次世代 FPGA ファミリを発表 - 新しいターゲット デザイン プラットフォームの実現

ザイリンクスの共同創設者ロス・フリーマン氏が FPGA の発明で 2009 年の全米発明家殿堂入りを果たす

Philip T. Gianos 氏が代表取締役会長に就任

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